カメルーン狩猟採集民バカの言語的社会化研究
京都大学
アフリカ地域研究資料センター・特任研究員
園田 浩司
派遣期間:2016年6月10日~2016年12月1日
派遣先:カメルーン:ヤウンデ第1大学 教養・文学・社会科学部
キーワード:言語的社会化、応用言語学、多様性、カメルーン、研究環境
1.研究課題について
派遣者はこれまで、カメルーン共和国東部に暮らす狩猟採集民バカにおける、子どもの社会化研究をおこなってきた。熱帯雨林という生態学的環境と、大人が子どもに対して寛容で、また子どもが自立的だとされる養育者と子どもの関係、この両者のつながりを、そこに暮らす人々の生活感覚に寄り添い捉えることが、派遣者の研究課題となっている。これをたたき台としながら、カメルーンの現地研究者の関心や、彼らがよって立つ理論的枠組み、さらには派遣者自身が無自覚によって立っているそれを明らかにするため、彼らとの関係構築、意見交換、ならびに研究発信をおこなった。とくに、2017年に予定されている国際シンポジウムの開催実現を目指し、共同研究の展開のあり方を探った。
2.派遣の内容
派遣の主な目的は、カメルーンの現地研究者に関する情報収集と、調査地での調査の遂行にあったが、結果的に多くの時間を前者に費やすこととなった。ヤウンデ第一大学の人文文学人間科学部をはじめ、その他の所属で、とくに、今後共同研究がすすめられそうな研究者について、彼らの文献を収集しつつ、意見交換をおこなった(写真1)。ところで派遣者が関心をもつ言語的社会化研究は、あるコミュニティの子どもの社会化過程を、そのコミュニティ特有の言語使用の獲得プロセスに着目し明らかにしていくという、言語人類学のひとつのアプローチである。領域横断的な分野のため、現地研究者との意見交換にあたっては、文化人類学、教育人類学、社会言語学、そして応用言語学といった様々な分野の研究者とのコンタクトを必要とした。そのため派遣者は、ヤウンデ第一大学人類学科のほか、当大学の研究者たちが組織するアソシエーションにも訪問、滞在した。たとえば、ANACLAC (Association Nationale des Comités de Langues Camerounaises) / NACALCO (National Association of Cameroonian Language Committees) は、ヤウンデ第一大学の社会言語学者や応用言語学者らによって、1998年に作られた組織で、カメルーンのローカル言語(国語)の保存、普及、発展や教育に尽力している(写真2)。その所長を務めるEtienne Sadembouo氏(アフリカ言語・言語学学科教授)に、カメルーン国内における言語学の社会的意義や、近年の研究動向について取材することができた(写真3)。
3.派遣中の印象に残った経験や体験
どのような国際シンポジウムだと、カメルーンと日本の研究者の協働を進めるうえで有意義かを問い続けて過ごした半年だった。そこでヤウンデ第一大学の研究者をはじめ、カメルーン研究者たちの研究環境に生で触れることができたことは、協働のあり方を考えるうえで貴重だった。
しかし今回の滞在でなにより興味がひかれたのは、バラバラな文化や言語をもつ人たちが、一緒に暮らしているというカメルーンの状況であった。こうした状況は、アフリカでは珍しくないかもしれないが、カメルーンの場合、250という多様な言語を抱えていること、そして、それらをすべて「国語」と制定している点で、その無秩序ぶりは際立っている。このバラバラな人びとがどのように共生し、国家の統合を遂げているかは、カメルーンの研究者自身の関心でもあったのだ。さらに印象的だったのは、彼らが必ずしも、それについて明確な回答をもっていない、ということだった。ここに今後の長期的な課題を見つけた気がした。カメルーン国内においても、「宗教」「地域」「コミュニティ」「政治」、そして「教育」と、様々な文脈で国内の「複数性」「多様性」は論じられる。この複数性、多様性はまた、派遣者がバカの社会化を通して考えたかった課題とも一致している、と気がついた。この気づきは国際シンポジウムの内容深化と、カメルーン研究者との協働のあり方にも、大きく影響しそうだ。
4.目的の達成度や反省点
以上で述べたように、分野横断的に様々な研究者と知り合い、意見交換をおこなうことができたので、国際シンポジウムの中身を充実させるという目標は、達成できたと考えている。なにより多くのカメルーン研究者のなかに、自国の多様性に関心を向け、その潜在力を捉えようとする姿勢が共通して見られるということを、知ることができただけでも、大きな成果だったと言ってよい。
ただ、今回の滞在で反省点があるとすれば次の通りだ。カメルーンは、英語とフランス語の二言語使用政策を採用している。派遣先だったヤウンデ第一大学もまた、二言語使用を理念として掲げてはいるのだが、実際には仏語話者がマジョリティを占めている。派遣者は滞在中、できるかぎりフランス語で議論ができるよう、現地研究者の仏語で書かれた研究論文や著書を読み、また意見交換のなかで用いられる、議論のためのフランス語語彙を収集しつづけたが、やはり彼らと対等に議論が展開できるまでには至らなかった。しかし、今後彼らと共同研究をさらに進めていくためには必須の技能である。引き続き、語学力の向上に励むつもりである。
5.今後の派遣における課題と目標
ヤウンデ第一大学と京都大学とでは、文献や海外研究者へのアクセスのしやすさなど、研究環境が異なっている。カメルーンの研究機関における研究環境の不十分さは、カメルーンの研究者らも口をそろえて言っていたことだった。そこで今回の交流を機会に、今後長期的に彼らとの関係を保ちながら、互いの調査地滞在や、現地大学でのワークショップの開催、またカメルーン国内の学術雑誌への論文投稿などを通じて、共同研究発信をおこないたいと考えている。
写真1. ヤウンデ第一大学人類学科のPierre François Edongo Ntede氏とともに
写真2. ANACLAC / NACALCOの概観
写真3. Etienne Sadembouo氏とともに