News

マダガスカル報告

 

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科

助教・佐藤宏樹

 

2017年2月13日から3月24日にかけて、研究打ち合わせと現地調査を目的としてマダガスカル共和国に出張した。

 

1.アンタナナリヴ大学理学部との学術交流協定についての討議

2月14日にマダガスカルに入国した翌日から2日間にわたり、アンタナナリヴ大学理学部動物学・生物多様性学科(Department of Zoology and Animal Biodiversity, Faculty of Sciences, University of Antananarivo)のHajanirina Rakotomanana教授とFelix Rakotondraparany准教授を訪問し、グローバル化に伴うアフリカ地域研究パラダイムの再編について話し合った。2015年11月24日にASAFASアフリカ地域研究専攻の池野教授と市野研究員が両氏と討議しており、今後の研究協力についてはすでに同意を得ている。今回は両氏と報告者との間で、より具体的にASAFASとアンタナナリヴ大学理学部間の学術交流協定の締結について話し合った。ASAFASは報告者が2005年にマダガスカルで調査を開始して以降、科研費等を基盤とした短期的な研究プロジェクトを繰り返しながら長年の協力体制を築いているが、正式な学術交流協定の締結には至っていない。頭脳循環プロジェクトによって両研究機関間での研究者の交流が盛んになったのをきっかけに、2017年度中に正式な学術交流協定の締結を目指すことで合意に至った。その初期に掲げる目標の一つとしては、ASAFASへのアンタナナリヴ大学理学部の大学院生の留学受け入れである。Rakotomanana教授が指導する大学院生であり、報告者の2015年以来の共同研究者であるTojotanjona Razanaparany氏を日本政府奨学金留学生に申請している。マダガスカルの現場において共同で研究指導を行い、その後に両国で若手研究者の派遣と育成に努める今回のケースをモデルとしながら、今後も学術交流の体制を発展させていくことを確認した。

 

写真1.アンタナナリヴ大学理学部で打ち合わせを行ったT. Razanaparany氏(左)と
F. Rakotondraparany准教授(中央)と報告者(右)

 

2.アンカラファンツィカ国立公園における野外調査

2月17日にレンタカーで首都アンタナナリヴから北西へ400km移動した場所にあるアンカラファンツィカ国立公園に移動し、野外調査を開始した。報告者はこれまでチャイロキツネザル(Eulemur fulvus)という霊長類の採食生態に着目し、キツネザルが果実を食べて健全な種子を糞として森林に撒き、植物の生存と成長に貢献するという種子散布機能を見出し、動物生態学的な調査を行ってきた。頭脳循環プロジェクトに参加して行われた今回の調査の目的は、この動物生態学的な研究をいかに「地域研究」としてパラダイム再編させ、いかに地域に貢献させうるかを見出すことであった。

 

写真2.チャイロキツネザル(Eulemur fulvus

 

まずは、2014年度から継続している「植物生態学」への拡張である。種子散布機能を有する霊長類がいかに、植物の生存と成長、ひいては森林の更新に貢献しているのか、という植物目線での研究はマダガスカルではこれまでにほとんど行われていない。報告者は植物生態学的な手法を取り入れてチャイロキツネザルに散布された種子の生存と成長を評価した。2015年にチャイロキツネザルによって散布された種子の生存が確認された。

 

さらに、「保全生物学」的な視点を取り入れて、霊長類と植物の共生システムの保全の現状について調査した。アンカラファンツィカ国立公園はユネスコが提唱する「人間と生物圏」(MAB)計画に従って保全システムがデザインされている。つまり、地域住民が保護区域内で居住しており、バッファーゾーンでは持続的な生物資源の利用が認められている。その一方でコアエリアでは厳格に保全されることになっている。しかしながら今回の調査では、理想的な計画を実現したようにみえるアンカラファンツィカ国立公園の中で、山火事や違法伐採、ブッシュミートとなるキツネザル類の密猟などを確認し、生物資源の保全と利用の間で対立が生じるという問題が浮き彫りになった。山火事や伐採による森林植生の破壊はキツネザル類を含む野生生物の生息地破壊に直結する。さらに、キツネザル類の密猟は種子散布者の除去を意味し、マダガスカルに特異的に進化した森林更新システムを破壊している可能性がある。

 

写真3.2014年に起こった山火事の現場。高木のほとんどが焼死し、林床にパイオニア樹種の幼木が繁茂している

 

また、地域のローカルな知を知るために「民族植物学」的な調査を開始した。アンカラファンツィカ国立公園内に居住する住民がどのように森林の植物を認知し、利用しているかをインタビューや資源利用している現場での参与観察を通して記録した。その結果、建材や道具、装飾、食物、薬、呪術などに利用されていることがわかり、その在来知識は材の硬度や薬効などの科学的な性質と関連する可能性が示唆された。また、キツネザル類が種子散布に関わる植物も多く含まれ、報告者が調査を進めてきた霊長類による種子散布機能が住民の生活とも接点を持つことを発見した。

 

写真4.植物の薬効を説明する呪医(右)

 

今回の現地調査を経て、さらに「これからどのような地域をデザインしようとしているか」について考察したい。キツネザル類は世界において人気が高い「絶滅危惧種」「マダガスカルにしかいない固有種」とされ、いわばフラッグシップ動物としてマダガスカルにおける政府や海外が主導する自然保護の動機や運営に利用されてきた。しかし、その価値観は地域住民にとって外部からトップダウン的に押し付けられたものであり、それを旗印に保全政策を押し付けられても地域住民は自然保護を意識しづらいのではないだろうか。一方、種子散布のような機能は生態系全体に影響を及ぼしうるサービスとなり、キツネザル類はキーストーン動物として自然保護活動に位置づけうる。さらに、民族植物学の調査で示唆されたように地域住民もそのサービスの恩恵を受けているならば、フラッグシップとしてではなくキーストーンとしての価値観の方が地域住民も保護の対象として理解しやすいのではないだろうか。生態学的な評価だけでなく地域のローカルな知を整理して地域住民とともにキーストーン種として位置づけることができれば、ボトムアップ的な意識改革や環境教育へとつながるのではないか。これらの構想はごく初期の段階であるが、動物生態学から始まった本研究を植物生態学、保全生物学、民族植物学の要素を取り入れながら、保全と利用が対立している自然保護地域のこれからをデザインする「地域研究」へと再編するきっかけを今回の調査は与えてくれたように思う。3月20日までアンカラファンツィカ国立公園で調査を行い、3月21日にレンタカーで首都アンタナナリヴに戻った。

 

3.アンタナナリヴ大学理学部における調査報告と研究の打ち合わせ

3月22日と23日にアンタナナリヴ大学理学部を再び訪問し、Rakotomanana教授とRakotondraparany准教授に調査の報告を行った。地域住民を巻き込んだ自然保護活動や環境教育について、マダガスカル各地での現状や同理学部が関係した事例について情報交換をすることができた。Rakotomanana教授は小学生による鳥類の観察とスケッチを全国の小学校に依頼し、集まったスケッチを基に研究者による鳥類各種の解説文をつけて図鑑としてまとめた事業を紹介してくれた。こうした地域住民や教育を受ける側を主催者として巻き込む活動が環境教育に有効であることを自身の共同研究者から聞けたことは有意義だった。アンタナナリヴ大学での打ち合わせ後、3月23日の午後にイヴァト空港から離陸し、予定通り3月24日に帰国した。

 

写真5.アンタナナリヴ大学理学部で打ち合わせを行ったH. Rakotomanana教授(右)と報告者(左)