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南部アフリカにおける「民族的なもの」の現代的展開

丸山淳子

派遣期間10/10/2016-02/01/2016

派遣先-Department of Anthropology, University of McGill

 

  1. 研究課題について

本研究は、ボツワナのサン社会、南アフリカのサン社会、スワジランドのスワジ社会を対象としてI.土地権回復運動 II.伝統的政治代表者 III.民族文化観光などをめぐる現場で「伝統文化」や「民族的なもの」がいかに表出し、また再編されているのかを明らかにするものである。またそれによって地域社会の集団関係や政治参加、生業活動のありかたにどのような変化が生じているのかを考察することを目指している。それをとおして、南部アフリカのもつ歴史的背景や政治経済的状況のなかで共通して現れる「民族的なもの」の特質と、それぞれの対象コミュニティの持つ特異性を、国家形態や地域社会の中の位置づけの違いに注目して明確にしたい。

 

  1. 派遣の内容

マギル大学では、the Institutional Canopy of Conservation (I-CAN)プロジェクトのオフィスに机を得て、このプロジェクトのリーダーであるJohn Galaty 教授や他のプロジェクトメンバーと一緒に研究を進める機会を得た。I-CAN プロジェクトは、東アフリカの生態系保全を、地元の人々の自然資源へのアクセス状況の改善、現金収入減の多様化、エコツーリズムなどの自然資源を用いた経済開発などを通して実現する方法を検討している。私はこのプロジェクトのマギルチームのミーティングにしばしば招かれ、調査結果や計画について互いに議論した。

また滞在中には、マギル大学やトロント大学で講演する機会も得た。 マギル大学では人類学部のSpeakers Series で“ Land Issues and Global Indigenous Rights Movement among the San hunter-gathers in Southern Africa: Comparison of two cases from Botswana and South Africa”と題した発表と、Centre for Society, Technology, and Development (STandD) が企画する毎週のセミナーで “Resettlement, Conservation and Tourism: Contemporary Dynamics of Residential Moves among the San in Central Kalahari” を発表した。またトロント大学のAfricanist Seminar Series では”Coming to Political Consciousness: The Indigenous Land Rights Movement among the San of Southern Africa” というタイトルで研究発表をした。そのほか、多数のセミナーや講義、シンポジウムなど参加し、多くの研究者らと議論を交わした。

またカナダの先住民状況を学ぶことも、この滞在の重要な目的であった。現在の先住民をめぐる問題を扱った人類学的な研究について学ぶ機会も多く、またモントリオールにある先住民関連の団体も訪問した。

 

  1. 派遣中の印象に残った経験や体験

マギル大学は本研究プロジェクトにとって、素晴らしい研究環境であった。とくにI-CANプロジェクトのメンバーとの議論は有意義であった。このプロジェクトは東アフリカを主たる対象としているが、土地の権利や、生業戦略、社会開発などのテーマで、共通の関心を持って議論を深めることができた。Galaty 教授のコメントは常に示唆に富み、同じ研究室や人類学部の若手の研究者らとは刺激的な時間を多く過ごすことができた。

さらに、Richard Lee教授、Mathias Guenther教授Renee Sylvain教授など、カナダ在住の経験豊富なサン研究者と交流し、さまざまな知識を得たことは、大変意義のあることであった。 北アメリカの先住民状況に詳しい研究者らとの議論は、先住民運動の先達であるカナダ先住民とアフリカ先住民の関係や、アフリカの運動の特徴について考える良い機会となった。

 

  1. 目的の達成度や反省点

カナダ滞在中は、前回の調査で得た資料を分析し、その一部はセミナーなどの機会に発表することができた。その際に得たコメントやフィードバックは、研究を進めていくうえで重要なものとなった。とりわけ、土地問題に関しては多くの学ぶことがあり、またI-CANプロジェクトとは今後も研究協力の可能性があることが分かった。またボツワナの文化観光に関する論文執筆と先住民運動を扱う本の編集作業も進めることができた。カナダの先住民状況について理解する機会は多かったが、論文などにまとめるには十分とは言えなかった。

 

  1. 今後の派遣における課題と目標

マギル大学での議論は、私の南部アフリカでの調査を進めていくために示唆的であった。次の調査は、このプロジェクトにおいては最後の調査になる。より文化観光に力点をおき、地元の人々にとって「伝統文化」がどのような意味を持っているのかを明らかにすることを目的としたい。また南部アフリカの研究者らと研究ネットワークの構築も重要な目的である。