頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム
―グローバル化にともなうアフリカ地域研究パラダイム再編のためのネットワーク形成―
報告書
カメルーン狩猟採集民バカの言語的社会化研究
派遣者:園田 浩司
派遣期間:2017年2月9日~2017年7月13日
派遣先:エディンバラ大学アフリカ研究センター(スコットランド)
キーワード:言語的社会化、アカデミック・ミーティング、学際的に考える、ネットワーク構築
1.研究課題について
本研究では、カメルーン共和国東部に暮らす狩猟採集民バカの子どもの言語的社会化に注目する。ある文化コミュニティのなかで現れる言語使用(あるいは相互行為の型)の過程を捉えることから、そのコミュニティにおける社会化のあり方を描き出すのが言語的社会化研究である。熱帯雨林という生態学的環境と、大人が子どもに対して寛容で、かつ子どもが自立的だとされる狩猟採集社会の養育者と子どもの関係、この両者のつながりを、そこに暮らす人々の生活感覚に寄り添い捉えることが、私の課題である。
2.派遣の内容
エディンバラ大学アフリカ研究センターに客員研究員として席を置きながら、スコットランドをはじめとする英国アフリカ地域研究者、社会言語学者、人類学者など他分野の人々と、大学内外を問わず積極的に交流した。その主な目的は、2017年12月に予定されている国際シンポジウムの開催実現と、共同研究を展開するための関係作りであった。
大学滞在中、私はSchool of Social and Political Scienceの一角にある研究室に、机を貸してもらった(写真1)。ここにはエディンバラ大学所属の研究員から、私のような短期滞在の客員研究員まで、世界中から研究者が集まっていた。人によって滞在期間もばらばらであり、またメンバーの入れ替わりも激しかった。私はここで、エディンバラ大学ソーシャルワークの上席研究員で、バングラデシュの児童養護施設に長く携わってきたTuhinul Islam Khalil氏と出会った(写真2)。近年、彼はアフリカを含む世界中の子どものケアに関する著作を出版している。私は、彼と互いの研究アプローチについて幾度か議論を重ねた結果、彼にディスカッサントしてセッションに参加してもらうことに決めた。このように、エディンバラに滞在中、シンポジウム開催にむけてオーガナイザーとしての仕事もこなした。
また、英国のアフリカ研究にかかるアカデミック・ミーティングについて情報収集もおこなった。エディンバラ大学アフリカ研究センターの年次大会をはじめ、African Studies Association United Kingdom (ASAUK)、Royal African Society (RAS)、Africa Together、それにLanguage in Africa Special Interest Group (LiASIG) など、アフリカ研究関連のアカデミック・ミーティングが頻繁に開催されていた。またエディンバラ大学でも、アフリカ研究センターのスタッフによって様々な研究会が催されていた。これらのうち、いくつかのイベントへの参加を通して、英国がアフリカ研究の拠点であることを肌で感じた。アカデミック・ミーティングの他にも、エディンバラではしばしば、アフリカにちなんだ催し物が開かれていた。たとえばエディンバラ大学のアフリカ出身者メンバーが中心となって組織するイベント「アフロポリタンAfropolitan」では、スコットランドに住むアフリカ出身者の人々によって製作されたエッセイや写真が展示され、彼らが自らのアイデンティティをどのように捉えているのか、スコットランドがアフリカをどう表象してきたかなど、研究とは異なる視点で、生活者の生の声に触れることが出来た。アカデミック・ミーティングやイベントの情報の多くは、エディンバラ大学アフリカ研究センターに所属するアカデミック・サポート・オフィサー (subject academic support officer) が定期的に情報を発信してくれるおかげで知ることが出来た。
また、エディンバラ大学図書館4階の一角には、アフリカ研究関連の書籍や雑誌が、アフリカの国別に並べられている。私はこれらの棚を利用して、エディンバラ大学アフリカ研究センターで発行されたものを含む、アフリカ教育関連資料を収集した。この文献収集は、国際シンポジウムでのセッションをデザインするにあたって、問題意識を鮮明にするためにおこなったが、非常に役に立った。さらに、私の専門領域である相互行為研究関連の資料、とくに社会学者E.ゴッフマン関連のものや、また彼の理論的枠組みに取り組む社会学者や人類学者の文献資料も収集できた。
3.派遣中の印象に残った経験や体験
アフリカ研究センターでは、毎週水曜日にゼミが催されていた。私が滞在した2月から3月にかけては、ヨーロッパやアフリカ圏の国々から毎週のようにゲストスピーカーが招かれていた。私は、このゼミのほぼ全日程に参加した。他のヨーロッパ圏のアフリカセンターの事情は残念ながらよく知らないが、エディンバラのアフリカ研究センターが、ヨーロッパにおけるアフリカ研究に重要な役割を果たしていると思われた。というのも、このゼミを通じて、他大学や他国の研究者らが交流できる時間と場所を提供していたからだ。私はこのゼミの時間にではなく、ランチミーティングの時間を特別に取ってもらい、自身の研究について発表する機会を得た(写真3)。アフリカ研究センターは、School of Social and Political Scienceの一部門であるため、発表を聞いてくれたアフリカ研究センターのスタッフたちからは、おそらく公共政策や政治学の観点からの質問が飛ぶのだろうと予想していた。しかし私の先入観は裏切られ、様々なアプローチから質問を受けたことで非常に勉強になったと同時に、「文脈を共有していること」を多少なりとも実感した。こうした感覚を身に着けることは、今後各国の研究者たちとさらに交流を深めていくには、大変重要なことと思われた。
4.目的の達成度や反省点
「学際的に考える」というスローガンは、多くの研究会や学会で聞くことができるが、実際にやってみると容易ではなかった。様々な分野の研究者と接することを通して、自分の関心(つまり社会言語学的関心であり認知科学的関心)がよりはっきりしたと思う一方で、どのような研究者と今後協働できるのかについては、かえって明確な答えをもてなくなった。子どもの発達、あるローカル言語の言語学的特徴、学習環境の記述、子どもをサポートするソーシャルワーク、人類の進化、それに学習といったように、自分の研究について多様な観点から掘り下げようと思えばできるからだ。率直に言って、学際的な思考によって浮かび上がる様々なキーワードに溺れかけた。
領域や分野が異なる研究者とのあいだで、何らかの共通点やキーワードを見出すことはできるが、しかし実際に研究会を開いたり、共同で論文を書いたりすることは簡単ではない。もちろんそれだけが共同研究のあり方ではないかもしれないが、今回の滞在を通して考えたのは、学際的な思考は、たとえば自分の研究が行きづまったときに、発想の転換を図るのには役立つということだった。さらに、社会人類学科名誉教授アラン・バーナード氏の著書History and Theory in Anthropologyが、人類学誕生にいたる歴史背景をまとめており、この機会にしっかりと読むことで思考の整理ができた。これらの経験を通して学んだことは、学際的に考えるためにはバランスのとれた思考が必要である、ということだった。
5.今後の派遣における課題と目標
今回の滞在で数多くの研究者と知り合いになることができたので、私の当初の目的はおおむね達成された。世界各地の様々なコミュニティが抱える問題について、これらの研究者と共有することを通して、さらなるネットワーク構築と情報の共有が何より重要な課題であることをひしひしと感じた。エディンバラ大学が、多様な国々の研究者の交流の場となっていたことが大きな理由であろう(私が今回知り合った研究者だけでも皆、国籍が異なっている)。とはいえ急いでネットワークを築くこともないと思うし、自身の研究の必要に応じて進めていくほうが重要だろう。まずは、そうした必然的に形成されるネットワークを大切にしなければならないと考えた。
写真1. School of Social and Political Scienceにある研究室
写真2. Tuhinul Islam Khalil氏