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エチオピア報告
―エチオピア南部地域の農村景観に関する印象を中心に―

 京都大学

アフリカ地域研究資料センター・教授

池野 旬

 

 

平成28年2月18日から3月1日までエチオピアに出張した。出張の第一の目的は、首都アディスアベバ市と、南部のアルバ・ミンチ市、アワサ市において、大学関係者に頭脳循環プログラムの趣旨を説明し、今後の協力を要請することであった。そして、第二の目的は、エチオピアをはじめて訪問する報告者が、エチオピアでの在来知に基づくパラダイム転換を理解する前提条件である、エチオピア農村地域に関する知識の蓄積に努めることであった。

2月18日の夜、エミレーツ航空で関空を発ち、ドバイで乗り換えて、19日午後にアディスアベバに到着した。到着早々に、エチオピアにおける主たる連携校であるアディスアベバ大学を訪問して、社会人類学科のゲブレ・インティソ教授(Prof. Gebre Yintiso, Department of Social Anthropology, Addis Ababa University)にお会いし、頭脳循環プロジェクトへの協力を改めて要請した。今回の出張に際しては、他のプロジェクト資金で出張されている重田眞義教授(アフリカ地域研究資料センター。以下、CAASと略す)に全面的なご協力を仰いでいるため、報告者が土地勘のないアディスアベバ市において早々に用件を果たすことが可能となった。関係者との面談ならびに旅行日程のアレンジでご協力いただいた重田教授に謝意を表しておきたい。ゲブレ・インティソ教授は客員として滞在されたなど、すでに何度も京都大学と接触されており、報告者とも旧知であり、今回の頭脳循環プロジェクトへの協力についても積極的にご参加いただけることを確認できた。翌日もインティソ教授とお会いし、グローバル化に伴うアフリカ地域研究パラダイムの再編について、エチオピアの事例を中心に検討されているインティソ教授とタンザニアの事例を中心に検討している報告者とで、意見交換をする機会を持て有意義であった。

2月21日にはアワサ大学社会学科のアダネ・メコネン教授(Prof. Adane Mekkonen, Department of Sociology, Hawassa University)とお会いし、また24日にはアルバ・ミンチ大学の学長であるフェレケ・ウォルデイェス教授(Prof. Feleke Woldeyes, Arba Minch University)と同大学がジンカ市に有する南オモ研究所長(Director, South Omo Research Center)のヨハネス・イトバレック(Prof. Yohannes Yitobarek)とお会いし、アディスアベバ大学のインティソ教授の場合と同様のご依頼を行い、快諾いただいた。とくに、アルバ・ミンチ大学のウォルデイェス学長は、京都大学の客員研究員として日本滞在の経験があり、重田教授をはじめとする日本人研究者との接触も密であるため、好意的であるとの印象を強く受けた。アディスアベバ大学は1950年に設立された歴史のある大学であるが、アワサ大学は2000年に設立(前身は1976年に開校)、アルバ・ミンチ大学は1986年に設立された若い大学であり、まだ整備途上であるとの印象も受けたが、活気にあふれているとも感じた。

さて、上記の出張の第一の目的を遂行する一方で、エチオピア南部の農村地帯に関する見聞を広げるという第二の目的の達成を目指した。アワサ市周辺の農村としては、やや距離があるが、ウォリソ町(Woliso。表記法が一定していないようで、公共施設等でワリソWalisoやウォロソWolosoという表記も見られた)とその近郊のG村(Gaagle)を訪問した。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科で博士号の学位を取得した田中利和氏の調査地であり、同氏に同行願い、案内いただいた。

 

図1

写真1:G村の家屋と圃場

 

写真1には、G村の在来様式の家屋と、エンセーテが栽培され、トウモロコシが刈り取られた圃場が写っている。1つの屋敷地内には、世帯主、その複数の妻、既婚の息子等がそれぞれに居住する複数の家屋が存在していた。圃場では、エンセーテ、トウモロコシのほか、インジェラの材料となるテフ、葉を噛んでいると覚醒作用があるチャット(樹木作物)が栽培されていた。圃場には作物はきれいに植えられているという印象を受けた。同行いただいた田中氏にうかがったところ、村の中心部で毎朝6時頃から8時頃までチャットの買付が行われており、首都アディスアベバ等に搬送されているとのことであった。チャットの葉は新鮮であることが重要であり、アディスアベバから数時間の距離にあるG村は、産地として有利な地理的条件にある。チャットは年中新芽が出るように栽培することが可能なようで、G村の多くの農家では毎日現金収入を得られることになる。一仕事終えたということで、朝から酒場が賑わっているという。チャットが換金作物として望ましいのか、またその収入の使い道は望ましいのかと、報告者には検討課題が感じられた。

 

図2

写真2:G村の小規模灌漑施設

 

チャットを年中収穫可能としているのは、写真2のような小規模灌漑施設による用水利用である。チャット栽培は最近10年ほどで急速にさかんになってきたようであるが、小規模灌漑施設はそのために新設されたわけではなく、主食作物の1つであるエンセーテ栽培用に、少なくとも70~80年前から使用されているということであった。そう豊富な水量ではなかったが、各世帯は大量の灌漑用水を必要としているわけでなく、水資源をめぐる競合は発生していないそうであった。また、農業用水用とは別途に、生活用水用の水場が設置されており、ポリタンクに汲んで自宅に持ち帰ったり、その周辺で洗濯したりするために利用されていた。

2月25日から27日にかけては、アルバ・ミンチ市周辺の農村を見聞した。アルバ・ミンチとは「40の湖」という意味だそうであるが、湖水が広がり、水資源が豊富で、やや低地に位置して気温が高いためか、写真3のような広大なバナナ園が存在していた。栽培されているのは生食用のバナナであるということであったが、首都アディスアベバ等での国内消費用であるのか、あるいは貿易用ともなっているのかは明らかにできなかった。報告者は、湿潤で地味豊かと思われる広大な耕地は、いざとなれば主食作物栽培用にも使用可能ではないかという印象を受けた。

アルバ・ミンチ市から足を伸ばし、コンソ(Konso)市、ジンカ(Jinka)市、メッツア(Metser)村も訪問する機会を得た。アルバ・ミンチ市からコンソ市の途上では、写真4のような特異な斜面耕作の圃場が見受けられた。斜面畑の下方にはモリンガ(ワサビノキ。Moringa oleifera)の林が広がっていた。樹間はかなり広く、トウモロコシを刈り入れた跡を散見でき、アグロ・フォレストリーとして土地利用しているものと思われる。

 

図3
写真3:アルバ・ミンチ市周辺の広大なバナナ園

 

 図4

写真4:アルバ・ミンチ市からコンソ市への途上でみた斜面耕作とモリンガ林

 

モリンガの葉を買い付ける小型トラックが複数止まっていたが、田中氏に伺ったところでは、重要な葉菜として需要が多いとのことであった。報告者の調査地であるタンザニア北部のキリマンジャロ州ムワンガ県(Mwanga District, Kilimanjaro Region)の平地部においても1990年頃にモリンガが新たな栽培作物として導入されたが、油料作物と認識されて、鞘の中のマメが利用されているが、葉は利用されていない。エチオピアのこの地域に導入されている品種とタンザニア北部の品種には違いがあるのかもしれないが、タンザニアにおいて葉菜としての利用を紹介する意義があるものと感じた。

コンソ市近辺では、すでに世界的に著名であるが特異なテラス畑が存在する。

 

図5

写真5:コンソ市周辺の家屋とテラス畑

 

写真5のテラス畑の法面は石組みであり、作成に多大な労力を要する。上方の屋敷地には二重になった草葺き屋根のある在来様式の家屋が見受けられる。写真1の在来様式とは明らかに異なり、地域ごとにかなり特有の建築様式が維持されているように見受けられた。報告者のタンザニア北部の調査地においては、草葺き・丸壁の在来様式の家屋がトタン屋根・角壁に取って代わられており、在来様式の家屋は「貧しい世帯の家」という位置づけが濃厚であるが、エチオピアにおいては地域の文化として堅実に維持されているという印象を強く受けた。

ジンカ市においては、アルバ・ミンチ大学が管理する南オモ研究所(South Omo Research Center。写真6)を訪問し、すでにアルバ・ミンチ大学でお会いしたイトバレック所長と再会できた。同研究所には博物館があり、エチオピア南部の諸民族集団の物質文化等についての展示が行われていた。アディスアベバからかなり遠いジンカ市まで足を伸ばす観光客がいるのかといぶかっていたが、我々の訪問中にも4輪駆動車で欧米人がやってきた。同研究所には宿泊施設も併設され、スタディツアーに適しているのであるが、生活用水確保が十分でなく、たとえば水洗トイレが使えない等の事情で放置されているのは残念である。

 

図6
写真6:南オモ研究所の概観(宿泊施設等がある裏庭から撮影)

 

図7

写真7:エンセーテ育苗場のスタッフ(メッツア村)

 

ジンカ市からさらに足を伸ばし、メッツア村のエンセーテ育苗場(Enset Nursery Site。写真7)も訪問した。同行した重田教授が中心となり、エンセーテの品種保持のために地元の方と協力して長年育んできた施設である。多数のエンセーテの品種が栽培されており、エンセーテの繊維を用いた工芸品の制作指導も行われているそうである。写真1のG村でもエンセーテは主食作物の1つとして栽培されており、エチオピア南部地域で広範に見られる作物といえよう。その生態、利用、保全に関する活動が今後も継続されていくことを期待したい。

以上が、2016年2月18日から3月1日までのエチオピア出張の報告である。アディスアベバ大学ほかで頭脳循環プロジェクトに対する協力関係を再確認でき、またエチオピア南部の農村景観から地域の多様性と潜在力に関する有意義な知見を得ることができた。